メリディアン

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トンガよりのストーリ

ジョン・H・グローバーグ

 

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信仰の火(The Fire of Faith)

9章


豊かな人は耐え忍ぶ

トンガの人々の強い信仰と深い霊性は絶えず私を驚かせた。私は彼らに近づき追いつこうと熱心に働き特別に努力した。私にとって教訓となる出来事がトンガについてすぐに起こった。

その日オフィスを歩いていると,一人の若い男性が私にメモをくれた。それは彼が一緒に住んでいた大叔母さんから,彼女を訪ねるようにというものだった。そこには「オファ」というサインがあった。そのメモには,住所と,いつもそこに住んでいるからいつ来てもいいが、私と話したいことがあるとあった。私はその若者にオファに明日の午後うかがうと伝えてくれるように言った。

私はオファと彼女の夫のことをよく覚えていた。私は若い宣教師だったころ、この老夫婦に深い感銘を受けていたからである。彼らは宣教師たちとほかの人々をよく助けていた。彼ら自身の子供はいなかったが、失望することなく、いつも家の周りにいる子供達の面倒を見、食べ物を与え、多岐にわたって助けを与えていた。私はオファが病気になったり助けを必要としているお年寄り達に、食べ物を持っていっていることに気づいていた。私は遠方の島へ送られる前の短い間しかその地域にいなかったが、私にとって彼らの残した印象は深く忘れがたいものだった。

今、何年も後に、私はまた彼らに会おうとしていた。彼女の夫のことがメモになかったことからどうしたのだろうと思った。私はこの間に主が彼らに与えられたすばらしい祝福を見ることを本当に楽しみにしていた。私の心の目に、愛らしい木や花のある美しい庭のあるよい家に住む二人が見えた。歳をとった今、助けてくれるたくさんの友人たちとよい環境にいるだろうと確信していた。

その住所に近づくにつれて、彼らが以前と同じ場所に住んでいることに気づいた。天候に打たれ落ちたやしの葉の屋根を見たとき、私の見た美しい庭は打ち砕かれた。なぜなんだ、これは何年も前と同じ家で、違いは修理が必要なひどい状況になっただけだ。車輪の後だらけの道と隣人も変わらず、ただ以前より古くなっていた。雨が降っていたのが霧雨に変わった。すべて泥だらけで、じめじめして、かび臭かった。

その家の近くに車を止めて外に出た。車のドアを閉めると一人の歳をとった婦人が家から出てきて入口に立った。オフェだった。小道を通りながら、彼女が手を少しぶらぶらと前と後ろに振るのを見た。盲目なのがわかった。彼女の手をとり、強く抱きしめた。骨と皮だけの華奢な体から、もう長くないことを悟った。

「はいって、はいって。」と、彼女は微笑んだ。「座って話しましょう。またあなたに会えるなんてうれしいわ。」盲目であったにもかかわらず、見えているように感じた。私たちはござの上に足を組んで座り、長い間そこにいることになった。彼女が貧しい人々を助ける耐えることのない望みについて話してくれた後、ついに、「ここに来てもらったのは断食献金を納めるためです。私の支部長は私のほうが必要だといって受け取りません。グローバー伝道部長、断食献金を払うことによって得る祝福を私から奪う権利は彼にはないんです。あなたは伝道部長ですから、彼を正してください。このお金はあなたにお渡しします。今度から受け取るように支部長に言っておいてください。」と言った。

そして彼女がこれまでためてきた小銭を古いハンカチに包んで私に手渡した。私は、「支部長は正しいかもしれないよ?与えるよりは助けを受けるべきだと思うよ。」と言った。彼女は長い間私を見つめていたので、私が見えているんじゃないかと感じた。彼女は深く考えていた。しばらくたって、彼女は微笑みながら優しく、夫が亡くなっても豊かで心配することは何もないということを教えてくれた。

私は当惑して質問し始めた。夫はたくさんお金を残したのか。財産は受け継いだのか。豊かならなぜもっとよい家にすまないのか。彼女は微笑んで言った。「いえ、いえ。そういうものじゃなくて。」私はニュージーランドの神殿に行くことができたかも訪ねた。「いいえ、私たちは一度もいくことができませんでした。何度も神殿に行くためにお金をためましたが、もっとそのお金が必要な人たちがいたので、その人たちにあげてしまいました。」彼女はつい最近盲目になったと言った。彼女は縫い物をしたり料理をしたり動き回るのが前より難しくなったが、ほかの人を助けるためにできることを今もがんばっていると言った。

彼女が受けるべきだと感じた物質的な祝福は何もなかった。私は質問を続けて、すべての事実が出揃った後、「オファ、どうして豊かで何も心配することはないなんていったんだい?夫もいない。子供もいない。盲目で、体の調子もよくない。壊れた家に住んで、屋根ももれている。神殿に行ったこともない。どうして豊かなんだい?」と言った。

彼女はまた私を長い間じっと見つめて私の質問のすべてをこういってさえぎった。「主が私の人生に満足しておられるのを知っているので私は豊かです。私が思ったように物事は運びませんでしたが、私はすぐに夫と再会するでしょう。主が私たちに家族を与えてくださると知っています。できることすべてしてきたとは思いませんが、主は私がしてきたことに満足してくださっていることを知っています。」

私は教義と聖約の67節にある主の言葉を非常にはっきりと思い出した。「富を求めずに、知恵を求めなさい。そうすれば、見よ、神の奥義はあなたに明らかにされ、そのとき、あなたは豊かにされる。見よ、永遠の命をもつものは豊かである。」

もう少しの間私たちはともに過ごし、太陽が西に沈むころ、謙虚なその屋根と床に金色の光が差し込んだ。私はそのまぶしい光景に驚嘆した。最後に、私は立ち上がり、オファに別れの挨拶をした。

帰りぎわ、太陽は低く、穏やかに周りの状況が変わるのにきづいた。金色の残光が泥沼を金色に染め、崩れそうなあばら家が美しい大邸宅に変わった。夕暮れの最後の光線がやしの葉を立派な琥珀色に輝かし、その光は高価な宝石のように輝いていた。壮麗な行列にも劣らない美しい人生の壮大な一日の終わりだった。

車に戻ってから、オファのほうを振り返ってみた。かすんだ目に、歳を取った盲目の女性はもうそこにはおらず、日ももう沈む中、美しい天使が宮殿の入り口に静かに立ち、手を振っているのが見えた。私は彼女はもっとすばらしいものを見ていたことを知った。

後に、私は彼女が行ったように行い、オファが見たと同じように私も見れるように熱心に祈った。この神聖な光景と思いは今も私とともにある。「もっとよい行いをしよう。」

その年の終わりに、トンガの人たちがそこで使わずに集めた超過の断食献金を、かなりの額の小切手で教会幹部に送った。オファのようなたくさんの人々が、誰でもどこにいる人でも、貧しい人々を助けたいと望んでいる。私は真の豊かさについて考え続け、オファのほかのドンガの人たちが行ったように豊かな人はお金に頼らず、すべてのことを目立たない助けとして行うということを、ついに理解し始めた。

オファが亡くなってからも長くなったが、今でも、彼女のことをよく考える。彼女は永遠に続く豊かさを探し続けて見いだした。彼女はどのようなお方に信頼しているのか知っていた。素ばらしい報いは次の世だけでなく、彼女はここにいる間にもそのうちのいくつかを味わった。私たちすべての人がこのようにできるように願っている。