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いつも金曜日や土曜日はメリディアン・日本を読むのに楽しくて忙しいです。とても沢山の記事があり、いつも全部を読むのです。この頃英語も多いので、私にとっては少し忙しいです。
でもアンドラス長老の話を読んで、韓国に行っていた宣教師の話に感激しました。神様の僕(しもべ)の本当の姿ですね。後で話が続くかもしれませんが、朝鮮半島の戦争が起こって、南北二つになったときですかなにか、はっきり覚えていないのですが、宣教師が全部引き上げて、日本に戻った時がありました。その時、私は名古屋にいましたが、名古屋支部の日曜日に朝鮮から戻ってきた宣教師が出席しました。
その時の開会の賛美歌を歌った時、いつもの日曜学校と違う霊感がいっぱいの感じを受けました。まだ会員も少ないころでしたから、出席者は少ないのはいつもと同じでしたが、賛美歌は宣教師達がいつもより多いからその分、人数もちがいますが、私には胸が膨(ふく)れるようなグッと体が抑えられるような力を感じて、そのことは今もはっきり覚えています。霊性が高い人が集まると違う力があると、その時感じて、時々そのことを思い出していました。アンドラス会長が皆にたずねたら、死んでもいいと言う宣教師の言葉。会長さんもみんなも泣いたと私は読んだだけで、涙が出ました。
アンダーセン会長さまのお話も、その時代には私は名古屋に住んでいたので、伝道部の扶助協会会長の召しで、地方部大会や伝道本部に行く機会がありましたが、家族の話を聞いたことはあまりありませんでした。お母様が日本に来られたことは聞いたことがありますが、あの記事のように詳しいことは初めて知りました。
それに東京神殿が出来た時に私達の先生はダグさんでした。あの記事の中では4歳だったそうで、驚きました。アレンさんも神殿でお会いしましたが、みなさまがまだ子供で、学校にかようのも遠くて大変だったのですね。大変興味深く読ませていただきました。全部全部懐かしい思い出がいっぱいです。
シャムウェイ長老はMIAの歌の本の時や後にPBOに広報宣教師としてこられた時は私は横浜から神殿奉仕に行くとき時々お会いしまして、その少し前に井上龍一兄弟がトップで、私も広報委員会にはいっていたメンバーでしたからお話ししに伺ったので、やはり懐かしいです。
とても沢山読みたいものばかりで、その日はとくに忙しいです。おかげさまで。作って送る方はもっとお忙しいでしょう。有難うございます。柳田聡子
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