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日本でのクリスマスの思い出

十二使徒定員会, L・トム・ペリー

リアホナ2001年4月号からの抜粋

 救い主だったらこんなときどうなさるだろうか。」わたしはある出来事を思う度に,このように考えることによってもたらされる喜びを味わいます。

わたしは平和条約が調印されて第二次世界大戦が終結した直後に最初に日本に上陸したアメリカ海軍の一員でした。荒れ果てた長崎の町に入ったときのことは,人生で最も悲しい経験の一つとなっています。町の大部分は完全に破壊されていました。放置されたままの遺体もありました。進駐軍として,わたしたちは本部を設置して任務を開始しました。 

その荒涼とした状況に,わたしたち数名は,任務以外にももっと何かしたいと思いました。そこで自分たちの部隊の従軍牧師のところに行き,キリスト教の教会の再建を支援する許可を求めました。政府による戦時下での統制のため,どの教会もほとんど機能していませんでした。数少ない建物はひどく損壊していました。わたしたちは休日にこれらの教会堂を修理してしっくいを塗り,キリスト教の礼拝行事を再開できるようにしました。 

言葉はまったく分かりませんでした。わたしたちにできたのはせいぜい建物の修理という肉体労働だけでした。わたしたちは戦時中に礼拝行事ができなかった牧師たちを訪ね当て,説教壇に戻るよう励ましました。彼らが再びキリスト教の信仰を実践する自由を体験したとき,わたしたちもともにすばらしい経験をしました。 

忘れることのない出来事が起きたのは,わたしたちが国へ帰るため長崎を出発するときでした。国へ帰る船に向かう列車に乗ろうとしていたとき,わたしたちはほかの大勢の軍人たちにからかわれました。女友達と別れの言葉を交わしていた彼らは,「君たちは日本での楽しみを逃した」と言ってわたしたちのことを笑いました。汗水流して働いたり,壁にしっくいを塗ったり,まったく時間の浪費だったと言うのです。 

わたしたちがからかわれていたさなかのことです。駅の近くの小さな丘の向こうから,わたしたちが修理した幾つかの教会の偉大な日本人クリスチャン約200人が,「戦い進め」を歌いながらやって来たのです。彼らは下って来ると,わたしたちにたくさんのプレゼントをくれました。それから全員が線路沿いに並びましたが,列車が動き出したとき,わたしたちにできたのは手を伸ばして彼らの伸ばした指先に触れることだけでした。胸がいっぱいで,何一つ言葉が出てきませんでした。しかし,戦争が終わった国で,わずかではあってもキリスト教の再建を手助けできて,わたしたちはうれしく思いました。 

わたしは神が生きておられることを知っています。わたしたちは皆御父の子どもであり,御父はわたしたちを愛しておられることを知っています。御父は全人類のため,そして主の福音を受け入れて主に従う者が,神のあらゆる賜物(たまもの)の中で最も大いなるものである永遠の命を得られるように,贖いの犠牲として御子を送ってくださいました。神は預言者ジョセフ・スミスの働きによりこの地上に再び福音が回復されるよう取り計らってくださいました。死すべき生涯において見いだすことができる唯一の永続的な喜びと幸福は,救い主に従い,主の律法に従い,主の戒めを守ることによってもたらされることを知っています。主は生きておられます。わたしのこの証をイエス・キリストの聖なる御名によって申し上げます。アーメン。