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編集室

20081月4日

「これは自慢ですか」の追加

 

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続けて、申し訳ありませんが、「我を忘れて誇るようになってしまったのではないか。」聖文には自分の経験を書いた預言者はあるかを考えて調べた結果を少し書いたら良いと思いました。もちろんこれらの言葉は自慢だとは言えないでしょう。 アルマ26書から、

1 さて、アンモンが同僚たちに語った言葉は、次のとおりである。「わたしの兄弟たちと同僚たちよ、わたしはあなたがたに言いたい。わたしたちは大いに喜んでよい。わたしたちは、ゼラヘムラの地を出たときに、神がこれほどまでに大きな祝福を与えてくださると想像できただろうか。

2 さて、わたしは尋ねるが、神はわたしたちにどんな大きな祝福を与えてくださっただろうか。あなたがたはそれを告げることができるだろうか。

3 見よ、あなたがたに代わってわたしが答えよう。わたしたちの同胞のレーマン人は、かつて暗闇の中に、まことに最も暗い、深い淵の中にいた。しかし今は何と多くのレーマン人が神の驚くべき光を見るようになったことか。わたしたちがこの大いなる業を成し遂げるために、神の御手に使われる者とされたことは、わたしたちに与えられた祝福である。

4 見よ、何千人ものレーマン人が今喜びを得ており、神の羊の群れに入っている。

5 見よ、畑は熟していた。そして、あなたがたは鎌を入れ、力を尽くして刈り入れ、まことに一日中働いたので、あなたがたは幸いである。見よ、あなたがたの得た束は何と多いことか。それらの束は、無駄にならないように倉に納められるであろう。

6 まことに、それらの束は終わりの日に嵐に打たれることなく、旋風に巻き上げられることもない。嵐が来るときに、それらの束はそのあるべき場所に集められるので、嵐がその束に吹きつけることはない。まことに、敵が追いやろうと思う所に暴風で押しやられることもないであろう。

7 しかし見よ、それらの束は収穫をつかさどる主の御手の中にあり、それらは主のものである。主は終わりの日にそれらの者をよみがえらせてくださる。

8 神の御名がほめたたえられるように。わたしたちの神を賛美して歌おう。神の聖なる御名に感謝をささげよう。神はとこしえに義を行われるからである。

9 もしわたしたちがゼラヘムラの地から来なかったならば、わたしたちを今心から愛してくれている、またわたしたちが深く愛するこの同胞は、今もなおわたしたちに対する憎しみで苦しみ、また神を知らなかったであろう。」

10 そして、アンモンがこれらの言葉を語り終えると、兄弟のアロンが彼をたしなめて言った。「アンモン、あなたは喜びのあまり、我を忘れて誇るようになってしまったのではないか。」

11 そこで、アンモンはアロンに言った。「わたしは自分の力も知恵も誇ってはいない。しかし見よ、わたしの喜びは満ちており、胸は喜びでいっぱいである。だから、わたしは主にあって喜ぼう。

12 まことに、わたしは自分が何の価値もない者であることを知っている。わたしは力の弱い者である。だから、わたしは自分のことを誇るつもりはない。しかし、わたしは神のことを誇ろう。わたしは神の力によって何事でもすることができるからである。まことに見よ、わたしたちはこの地で多くの偉大な奇跡を行ってきた。だから、とこしえに神の御名をほめたたえよう。

13 見よ、神が地獄の苦痛から解き放してくださった同胞の数は、何千人にも上るではないか。彼らは今、贖いをもたらした愛について歌うようになっている。これはわたしたちの内にある神の御言葉の力のおかげである。だから、大いに喜んでよいのではないだろうか。

14 まことにわたしたちは、とこしえに神をほめたたえて当然である。わたしたちの神はいと高き神であり、わたしたちの同胞を地獄の鎖から解き放してくださった。

15 まことに、わたしたちの同胞はかつて永遠の暗闇と滅びに取り巻かれていたが、しかし見よ、神は彼らを御自分の永遠の光の中に、まことに永遠の救いの中に導いてくださった。そして今、彼らはたぐいない豊かな神の愛に取り巻かれている。そして、わたしたちは神の御手に使われる者となって、この大いなる驚くべき業を行ってきた。

16 だから、わたしたちは誇って喜ぼう。まことに、主を誇って喜ぼう。まことに、わたしたちの喜びは満ちているので、喜びを味わおう。まことに、とこしえに神をほめたたえよう。見よ、主を誇って喜びすぎるということがあり得ようか。まことに、主の大いなる力と、主の憐れみと、人の子らに対する主の寛容について語りすぎるということがあり得ようか。見よ、わたしはあなたがたに言うが、わたしは感じていることの万分の一も言い表せない。

17 神はわたしたちを恐ろしい、罪深い、汚れた状態から救い出してくださったが、神がそのように憐れみ深い御方であられることを、だれが想像できただろうか。

18 見よ、かつてわたしたちは怒って出て行き、ひどい脅迫によって神の教会を滅ぼそうとした。

19 おお、そのときに神は、なぜわたしたちを恐ろしい滅びに引き渡されなかったのだろうか。まことに、なぜわたしたちに罰の剣を下し、わたしたちを永遠の絶望の淵に落とされなかったのだろうか。

20 おお、そのことを考えると、わたしは消え入ってしまいそうである。見よ、神はわたしたちに御自分の正義を行使されることなく、深い憐れみによって、死と不幸のあの永遠の淵からわたしたちを救いに導いてくださった。

21 さて見よ、兄弟たちよ、生まれながらの人でこれらのことを知っている人がいるだろうか。わたしはあなたがたに言う。悔い改めた人以外、これらのことを知っている人はだれもいない。

22 まことに、悔い改めて信仰を働かせ、善い行いをし、絶えず祈り続ける人には、神の奥義を知ることが許され、まことに、まだ明らかにされていないことを明らかにすることが許される。また、この同胞を悔い改めに導く務めがわたしたちに与えられたように、何千もの人々を悔い改めに導く務めがその人に与えられる。

23 さて、兄弟たちよ、わたしたちがゼラヘムラの地に住む同胞に、わたしたちの同胞であるレーマン人に教えを説くためにニーファイの地へ行くと言ったとき、彼らがわたしたちをあざけり笑ったのを覚えているだろうか。

24 彼らはわたしたちに言った。『あなたがたはレーマン人に真理を知らせることができると思っているのか。今見るとおりの強情な民であるレーマン人に、彼らの先祖の言い伝えが正しくないことを納得させることができると思っているのか。彼らは今でも血を流すことを喜びとしており、日々ひどい罪悪に明け暮れ、彼らの生活は初めから背く者の生活だ。』兄弟たち、あなたがたは彼らがこう言ったのを覚えているはずである。

25 また彼らは、『レーマン人に打ち負かされて滅びることのないように、我々は武器を取って、彼らと彼らの罪悪を地から一掃しよう』とも言った。

26 しかし見よ、愛する兄弟たちよ、わたしたちは同胞を滅ぼすためではなく、わずかな人でも救えるのではないかということで荒れ野にやって来た。

27 そして、わたしたちが意気消沈して、まさに引き返そうとしたときに、見よ、主はわたしたちを慰め、『あなたがたの同胞であるレーマン人の中に行き、忍耐して苦難に耐えなさい。そうすれば、あなたがたに成功を得させよう』と言われた。

28 さて見よ、わたしたちはレーマン人の中に来て方々を巡り、様々な苦難に耐え、あらゆる窮乏をしのいできた。まことに、世の人々の憐れみに頼りながら、家々を訪れた。世の人々の憐れみばかりでなく、神の憐れみにも頼ってきた。

29 そして、わたしたちは彼らの家に入って、彼らを教え、また通りでも、丘の上でも教えた。彼らの神殿や会堂にも入って教えた。そして、わたしたちは追い出され、あざけられ、つばきを吐きかけられ、頬を打たれた。また、石を投げつけられ、捕らえられて丈夫な縄で縛られ、牢に入れられた。その後、わたしたちは神の力と知恵によって、再び救い出された。

30 また、わたしたちはあらゆる苦難に耐えてきた。これはすべて、だれか一人でも救う仲立ちになれるようにと行ってきたことであった。わたしたちは、だれかを救う仲立ちになれたら喜びに満たされるだろうと思った。

31 さて見よ、わたしたちは、自分たちの労苦の成果を見て、それを目にすることができる。その成果はわずかだろうか。あなたがたに言う。いや、その成果は多い、と。また、彼らが同胞とわたしたちに示してきた愛から、彼らの誠実さを見ることができる。

32 見よ、彼らは、敵の命であっても、その命を奪うよりはむしろ自分の命を犠牲にする方を選んだ。そして彼らは、同胞を愛していたので、自分たちの武器を地中深く埋めてしまった。

33 さて見よ、わたしはあなたがたに言う。これまで全地でこれほどの深い愛があっただろうか。見よ、あなたがたに言う。いや、ニーファイ人の中にさえなかった、と。

34 見よ、ニーファイ人ならば、同胞に対して武器を取るであろう。殺されるに任せることはないであろう。しかし見よ、これらのレーマン人の何と多くが命を捨てたことか。これらの人々は愛があり、罪を憎んでいたので、自分たちの神のみもとに行ったことをわたしたちは知っている。

35 それでも、喜んでよい理由はないのだろうか。あると、あなたがたに言おう。世界が始まって以来、わたしたちほど喜んでよい、立派な理由を持っている者はいない。わたしは神にあって自分の喜びを誇るほどまでに、今喜びに浸り切っている。神は、一切の権威とあらゆる知恵、あらゆる理解を備えておられる。神はすべてのことを悟っておられる。神は憐れみ深い御方であり、悔い改めて神の御名を信じる人々に救いを与えてくださる。

36 さて、もしこれが誇っていることになると言うのであれば、わたしはこれからもこのように誇ろう。この御方はわたしの命、わたしの光、わたしの喜び、わたしの救いであり、またわたしを永遠の苦悩から贖ってくださる御方である。まことに、イスラエルの木の一枝であって、親木から分けられて異郷でさまよっているこの民を心にかけてくださった神の御名がほめたたえられるように。まことに、異郷で流浪の民となっているわたしたちを心にかけてくださったわたしの神の御名がほめたたえられるように。

37 さて、兄弟たち、神は民がどの地に住んでいようとも、すべての民を心にかけられることが分かる。まことに、神は御自分の民を数えておられ、神の憐れみの心は全地のうえに及んでいる。これがわたしの喜びであり、わたしの深く感謝しているところである。わたしはとこしえに神に感謝をささげよう。アーメン。」