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編集室

2008年3月21日

 

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対立の話 

今週M.・ラッセル・バラード長老の「わたしたちが探し求める幸福」抜粋したストーリを載せました。ある日本の教会員にこのスートリはどうかと尋ねたら、「日本人はこういう対立のストーリは嫌い」と返事した。わたしはこのストーリは大好きでした。今度載せる予定のグローバグ長老のストーリもこういうような対立のストーリは入っています。若いグローバグ長老はストーがあったてためトンガへ行く舟にのることができなくて、カリフォルニア州・オレンージ郡でしばらく伝道していた時のストーリでした。 

わたしが育てったスパニシフォークにあった第5ワードの近くに小さな白い木作りのルーテル教会堂がありました。わたしは14−15歳ころにバプティストの宣教師2人はそのルーテルの建物を借りてスパニシフォークでしばらく伝道していました。わたしは好奇心と無邪気な勇敢をもってわたしより若い友たちを連れてその教会を訪問して見ました。長くいなかったが、議論した、自分が勝ったように思ったことを思い出します。 

一年くらい前に同じようなことがありました。八百屋の店が家の近くに開店されました。店主はイタリア系の大きい人で、45歳くらいの方です。おそらく成功しないだろうと思いました。ある時彼とわたしはしかいないときに宗教のことがテーマになって、15分くらい話しました。わたしは彼はモルモン教を嫌いように思いました。わたしはできるだけ擁護しょうとしました。最後にわたしは上がっていたに違いないのです。 

家に帰って考えて、祈ると、また彼の店にいって、お詫びしました。わたしは彼の敵であると思って欲しくないと言いました。すると彼もお詫びしてくださって中が治った。その時から、友達としていろいろと話して来ました。宗教的なことも話す機会はありました。昨日、急いでいた時にそちらへピーマン一個を買いました。妻は外で車に待っていました。彼は話したかった。彼の妻のお母さんはブラジルでもう死にそうな状態で入院していると聞かせました。夕べ妻を慰めるに殆ど寝られないと言いました。残念ですねくらいと言って出かけたわたしはもっと親切に聞くべきだなと思いました。 

家に帰ると食事のよういをしていた時にまた思いました。すると御霊は「もっとうまくできたはずね」そして「また行けるのではないか」「今行った方がいいです」と囁いた。料理をするの止めて、ジョアンにその店に行きますと言って、出かけた。彼は一人でいなかったが、出て来ました。「あなたと妻は非常に悲しいと言うことを同情します。けれども、もう年の妻のお母さん(93歳)の立場を考えてください。彼女は長い間自分の愛する夫から離れていたではないですか」と尋ねた。「そうですね、も長い間離れています」と答えた。「愛する夫と一緒になることは喜ばしいことではないですか。彼女は次の世に行くと歓迎してくださるお母さん、お父さん、兄弟、他の親戚は待っています。彼女のためには非常に楽しい時になります。」と続けて説明しました。店主の頬に涙が流れて来ました。「ありがとう、妻にそのことを言って慰めてあげる」と言いました。ありがとうございます。」 

聖霊から来るいい気持ちを受けて、家に帰った。