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母の歌
渡部正和

 

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母の歌

渡部正和

第一章                  ありのまま

日本一の幸せ女房

       うとき人と 言われし夫と五十六年 

我は日本一の 幸せ女房。     

尚子1995年12月6日                       

銀色に輝く白雪の上に横たわる母の棺を前に、「ひさーこー、ひさーこー」と大声で呼ぶ父だが、返事をするのはロッキーに響く山彦だけだった。

「大きな山の 懐に 抱かれて眠る オレムの町

草の香りと 塩の香の あるかなきかに 揺れる頃

娘七十四夢心 初めて知った 恋心

おとぎ話しの 王様と 森のお城の お姫様

小鳥の歌に 目を覚まし 月のお守で 床につく

金婚の夢 安らかに 女の栄え きわみなし

西風寒い 秋の宵 ほろりと赤い 花が散る

花のともない 花祭り 涙のうちに 見上ぐれば

空に輝く 星一つ 星はささやく、尚子、母の愛」

と、父は浪速節のような声でまわりの者にはまったくおかまいなく歌い始めるのだった。

80を越した体に童心のかたまり以外何もない父を相手に56年(実際には57年10ヵ月)も、どのように暮らしてきたのか、母の苦労をぼく達子供達が一番よく身にしみて知っていただろう。信仰と希望と愛なくしてはまったく不可能だったに違いない。事実、母は何度か離婚を考えたと言っている。しかし、母の絶命の歌にあるように、母は、「日本一の幸せ女房」と歌って去って行ったのである。物事を単刀直入に言う母がこう言うのだから、それ相応の意味が含まれているのである。母にとって何が「幸せ」で、何を基にこれほど大胆な宣言ができたのか、その人生を父と母の残したものを見ながら、ありのままにたどってみることにする。

この「ありのまま」というのは、母にとってとても大切なことである。母は、美辞麗句の大嫌いな人だった。母を知っている人なら、あの笑顔こそはやさしいものの、心にあることをずばりと、あまりにもストレートに話す母を煙たく思った経験を必ずしているはずである。「私は意地悪ばあさん」とよく自慢していた。ぼくは、高校のころから歌を作るのが好きだったのだが、よく子供心に、初恋の人のために歌などを作って母に見せると、「和ちゃん、歌はね、アララギじゃなければいけないよ、ありのまま歌わなくちゃ。」とよく諭してくれた。たとえば、死も間近の病床の歌にこんな歌がある。

嫁なるに 娘の如く わがままの 

言いたい放題 我は姑。       

 尚子11月6日

いじわる婆さん していて欲しいと嫁は言う 

姑さんらしくて その方がいいと。   

尚子11月6日

これは、弟の嫁の順子が母に最後まで尽くしてくれたのだが、その二人の会話をまったくそのまま歌にしたものである。

温かき ソフト便座に 子等の愛 

肌身に泌みぬ 激やせの吾れ。 

尚子11月9日

これは、母がやせてくるとどうしてもアメリカの便座は痛いというので、ぼくが日本の高価なのはちょっと手に入れられないけれど、少なくとももっと柔らかいのがあるからと言って買い換えたのに家内がカバーをつけて取り付けたときの歌である。

糞も尿も すべて始末させ 先へ逝く 

悪妻のきわみ ゴメンネ 旦那様。 

尚子12月22日

母は、自分で体が自由にならなくなってくると、本当に早く逝きたいと願っていた。特に、下の世話はほとんど誰にもしてもらいたくなく、する人が決まっていた。父が始末したものを袋に入れて階下の外のごみ箱に入れる役目をしていたのだが、必ずお得意の、回りかまわぬ鼻歌に賛美歌などを歌いながら持って出ていくのを母は何とも言えない気持で聞いていたに違いない。うとき父は、この歌を母の死後母の日記に見つけて涙を流すのだが、父は、この始末が母のまだ生きているしるしで喜びだったと言っている。

こんなリアリズムどころか、ナチュラリズムに近い母だから、お葬式のときですら、「絶対正直なことしか話さなくちゃいけないよ」と言い残していった。母は、最後まで歌と日記をつけていたが、それもほとんど家族と友人にしてもらったこと、新聞に載っている出来事、自分の読んだ本の粗筋等をノートに記録しておくといったものだ。

醜き字 更にみにくく 判読も 

思うに任せず 情けなき日々。  

尚子8月19日

とは言うものの、母の自筆の最後の記述はクリスマスイブの12月24日。その後は、まわりにいた弟や妹、ぼくらにその日の出来事や歌を書かせて、最後の日までのことを綴っていった。母は、「和ちゃん、日記の最後に歌、また書いておいたから見といてね。」と言い残して逝ってしまったが、母の望みや性格にそって、なるべくありのまま、母の思っていたことに忠実にまとめてみたいと思う。しかし、母の歌を本当に理解するには、父と母の人生を知る必要があると思うので、まずそれから先に簡単に紹介させてもらう。