メリディアン

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母の歌
渡部正和

第16章

 

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8 至高の徳、愛

ローマの詩人ウェルギリウスが「牧歌」の中で、「Amor omnia vincit」(愛はすべてに打ち勝つ)と言っているが、キリストも最高の美徳を愛としている。「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なる神を愛せよ』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』」。(マタイによる福音書2237- 39節)

  愛も目に見えないが、実存するもので、感じることができる。丁度、目に見えない光線がプリズムを使うとその構成色を表わすのと同じように、古代のキリスト教会の使徒パウロは、この愛をその構成要素に分析して説明している。「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない。」つまり、愛は、寛容、情深さ、妬まぬ心、謙遜な心、丁寧、非打算的、温厚、冷静、親切、真実、忍耐、信仰、希望、永遠という要素からなっている。また、「たといわたしが、人々の言葉や御使いたちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識に通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である」とあるように、愛ほど尊く、永続するものはないと、至上の愛を弁論している。(コリント人への第一の手紙1318節)

  何の地位も、名声も、財産も無く、欠点だらけの父と母だったが、子供、孫、友人への愛に関しては、無比無類のものを示してくれた。与謝蕪村が「散りて後おもかげにたつボタンかな」と歌ったように、うとき父は、母が亡くなったあとで、この母の愛の大きさをあらゆるところで気付くのだが、この母の愛が父をいまだに元気に生かしているのである。 

      なき母の つくろいたまいし くつしたを 

            初めて気付き 涙する父。          

                              正和

第三章        聖霊と霊的経験

福音の第一原則    

  「わたちたちは、福音の第一の原則と儀式とは、第一に主イエスキリスト信じる信仰、第二に悔い改め、第三に罪の赦しのために水に沈めるバプテスマ、第四に聖霊の賜物を授けるための按手であることを信じる。」(信仰箇条第4章)

   イエス・キリストへの信仰を土台にすると人生観がどのように変わってくるか、説明してきたが、実際に何をしなくてはいけないかというと、非常に簡単である。キリストを信じ、キリストの教えにそった生活をしようと決心することである。そうして、今までの自分の生活からキリスト中心でなかった点を悔い改めて、バプテスマを受ける。悔い改めとは、自分の歩む道を正すことであり、人生だけでなく、永遠の目標をキリストの示した道として、その教えに従うことである。イエスは、ニコデモというユダヤ人にこう教えている。

  「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」。それを聞いて、ニコデモは、「年をとってからどうやってもう一度、母の胎に入って生まれることができるのでしょうか」と尋ねる。するとイエスは、「だれでも、水と霊とから生まれなければ、神の国にはいることはできない。」と答えられた。(ヨハネによる福音書315節)

  この教会のバプテスマは、古い自分を水の中の墓に埋めて、新しく生まれ変わるという意味で、水の中に全身を沈める。そうして、水で生まれ変わると、聖霊を授かる按手礼という儀式が行われる。

 聖霊

   聖霊とは、私達の霊を導いたり、安らぎや慰めをもたらしてくださる霊のお方である。人間のような体を持ってはいないが、美しいものに触れたときなどに心に感じるほのかなものと信じている。

     人間は、どうも目に見えることにしか思いがとどかないのが、普通である。イエスがこの世で教えたことは、すべて霊的な意味が含まれていたが、当時の人たちは、霊的な意味を解していなかった。「わたしが命のパンなのである。わたしに来る者は決して飢えることがない。」(ヨハネによる福音書635節)とか「この神の宮を打ちこわし、三日の後に建てることができる。」(マタイによる福音書2661節)と言った言葉が当時のユダヤ人には目に見るパンだとか神殿の建物以上のことなんであるか全然わかっていなかった。目に見えることにしか目がとどかなかったのである。父にとって、この霊的なことは非常にたやすく受け入れることができたらしいが、現実的な母にはどうも程遠いものだったようである。母は、このことを近眼と言っていたが、これは、霊的な眼鏡をかけない限り、直らない。人間の中でも、目に見える物質だけにこだわる浅はかな人と、お互いの感情、友情、愛、信頼というような精神的なことを大切にする人、それをすべて含んだ神との関係、つまり霊的なことを重視する人がいる。母の苦労というか試練は、この最初の物質的なことをおろそかにし、ただ、霊的なことに没頭した父のお相手をさせられたことである。

  母が亡くなる二週間程前にこんなことがあった。1月6日の夜、姪、エミの結婚披露宴のあとに子供や孫が母の部屋に集まったのだが、母が賛美歌が大好きなので、皆で歌ってあげることにした。あまり疲れるといけないと思い、「神の子です」と「家庭の愛」の二曲を歌い家族の祈りをした。だれが祈ったのか忘れてしまったが、祈りのあと、父が例のごとく、張り切った声で、家族に宣言した。「よしわかった。尚子が治れば神が治してくれるのであり、そうじゃなければ、それも御心。ただし、尚子が逝けば、おれも、直ぐ後に逝く」と。母は、苦しみの顔に少々微笑を浮かばせて、「いいのよ、そんなに急がなくても。」とつぶやくのだった。父は、耳が遠くて聞こえない。家族は、ぼくが英語に直してあげると、大笑いして家に帰って行った。ところが、皆がいなくなって、ぼくが母の寝る準備をしてあげていたら、母が「和ちゃん、天使が立ってたよ。」と言い出した。なるべくいままで涙を見せまいと思っていたぼくだったが、この母の言葉には涙を隠すのに一苦労してしまった。これを英語に訳して家内や子供達に説明するのにはっきり聞いておこうと、「天使、一人だけだった?」と涙声で聞くと、「ううん、たくさん立っていたよ。皆が歌ってくれていたときに。」と言うのだった。母は、意識もほとんど最後の日までしっかりしていたし、決して幻想的で大げさなことを言う人ではない。母のこの言葉はぼくも一生忘れないだけでなく、母が死に近づき霊的な眼鏡をかけ始めていたのだと信じて疑わない。

  キリストの教えは、ただ頭の中で解釈するのでは足りない。実際に信仰を土台にした生活をしなくてはわからないのである。イエスも、「神のみこころを行おうと思う者であれば、だれでも、わたしの語っているこの教えが神からのものか、それとも、わたし自身から出たものか、わかるであろう。」(ヨハネによる福音書717節)とあるように、御心を行おうと努力しなければ、真実がわからないと教えている。また、モルモン書にも、このような聖句がある。

 「さて、御言葉を一つの種にたとえてみよう。さて、もしあなたがたが心の中に場所を設けて、種をそこに植えるようにするならば、見よ、それがほんとうの種、すなわち良い種であり、またあなたがたが主の御霊に逆らおうとする不信仰によってそれを捨てるようにすることがなければ、見よ、その種はあなたがたの心の中でふくらみ始めるであろう。そして、あなたがたは種がふくらみつつあるのを感じると、心の中で次のように思うであろう。『これは良い種、すなわち御言葉は良いものに違いない。これはわたしの心を広げ、わたしの理解力に光りを注ぎ、まことに、それはわたしに良い気持ちを与え始めている。』. . . . しかし、その種がふくらんで芽を出し、成長し始めると、あなたがたはその種を良いものであると思うに違いない。見よ、それがふくらんで芽を出し、成長しているからである。さて見よ、これはあなたがたの信仰を強めないであろうか。まことに、それはあなたがたの信仰を強めるであろう。あなたがたは、『これは良い種であることが分かる』と言う。見よ、それが良い芽を出し、成長し始めているからである。. . . . したがって、もし種が芽を出して成長するならば、それは良い種である。しかし、芽を出さなければ、見よそれは良い種ではないので捨てられる。」(アルマ322832節)

  つまり、父と母の場合、たどたどしい若いアメリカ人の説くキリストのこの教えの種を実際に植えてみただけの話である。精神的にも、敗戦の焼け野原だった日本人の心に植えられたこの信仰の種だが、「日本一の幸せ女房」と言えるまでに成長したのだった。経済や社会面での日本の変遷は、経済大国、幾種もの女性解放、女性運動を見てもわかるように目を見張る思いである。しかし、母のような一女性も終戦に存在したということを語り知らせておくべきだと思う。父と母のこのような「うとき人生」を寛大に見逃し、見守ってくださり、応援してきてくださったやさしい教会員、親族、友人の方々には心から感謝している。母のことだから、きっとあの世から皆様に御礼をしてくれるに違いない。父も、母と再会できることだけを信じて生きている。母の弔の日、ロッキーの山は大分吹雪いたのだが、父と夕方、母のお墓にもどってきたときには、大きな星が輝いていた。その一月ぐらいあとのバレンタインの日、これまた、父のお供をして、母のお墓に行くと、ノアの箱船を思わせるような、きれいな虹が山の影から空いっぱいにかかった。父は、「不思議、不思議」を連発。

      空高く 雪山めがけ 大声で 

            呼びはる 父は 亡きし 母の名。

                              正和、母の弔の日

      雪山の ふもとの墓の 母の名を 

            天へとどけと 大声で呼ぶ。    

      黙祷し 雪間にかかる 虹のはし 

            母が生けると 笑顔の父親。

      大空に 涙するなと 虹のはし 

            笑顔の父を 神に感謝す。