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父なる神に捧ぐ-2

 

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掲載二部

聖きを主に捧げる 沖村 周子 山口支部

  「主の宮居、聖きを主に捧げる」とあります。そしてこの神殿の中で、いろいろ儀式を行っています。「その中で一人でも多くの死者の贖いをし、主の業によって、その死者が導かれ、救われるものならば」との思いで一杯です。

 そして、その業によって、自分自身が聖められた時の気持ちを、いつも覚え、喜びの気持ちをもって、参入者に接することによって、神殿で奉仕する時の喜びが感じられます。

 教義と聖約一二八章一九節

「さて、わたしたちの受けた福音について、何を聞くでしょうか。喜びの声です。天からの憐れみの声、地からの真理の声、死者のための喜びのおとずれ、生者と死者のための喜びの声、胸躍る大いなる喜びのおとずれ。善の喜びのおとずれを伝え、シオンに向かって、『見よ、あなたの神が治めておられる』と言う者の足は、山の上にあって何と麗しいことでしょう。カルメルの露のように、神の知識が彼らに下ることでしょう。」

 もう十年も前になりますが、東京神殿で奉仕させていただいた時に、あの偉大な菊地長老ご夫妻のもとで、ご指導いただき、心も霊も鍛錬され、霊的にすべての時間を過ごすことができたことは、私の人生の内で、一番充実した時期でした。誠心誠意で「救われるものならば」との思いで奉仕させていただきました。そのような気持ち一杯で臨んだのです。この地上でのことですが、神殿で過ごしたすべての時間の体験は、もう二度と戻ってきません。戻るものなら、今一度、健康をいただき、願いを聞き届けて下さいと、叫び求めたいです。この世で生命ある限り、光輝かせていただいて、続けて善を行いたいものです。昨日よりも今日、今日よりも明日に向かって、主の戒めを守り、有意義に過ごしたいのです。

マタイによる福音書一六章一九節

 「……あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」との主の言葉、この聖句を支えにしています。

 愛に溢れる天のお父様は、私たちをこの地上に送り出されました。試練もたくさんありました。しかも祝福もたくさんいただきました。 

神殿での思い出 二〇〇七年六月二十三日 菊地 登志子

  沖村一夫兄弟と周子姉妹神殿で会う 

 主人と私は、一九九四年九月一日、東京神殿会長とメイトロンとして着任した時に、初めて沖村兄弟姉妹に会いました。神殿会長は神殿宣教師に、面接する機会があります。主人が何回か面接をしているうちに、二人の生い立ち、教会への改宗、仕事の内容、家族関係、健康、お二人の馴れ初め、なぜ神殿で奉仕してみたいと思われたのかなど、個人的なことを主人に説明してくれました。私もお二人の今までの生活を、いろいろ聞く機会がありました。

 沖村兄弟は、若い時に教会に入りましたが、間もなく教会を長い間、休むことになりました。ある時、霊的な経験をすることによって、十八年振りに教会へと戻ってきました。しかし、沖村姉妹は、お年を取られてから改宗なさいました。彼女の教会に入ろうとした動機を、別のところで述べたいと思います。お二人は、長い間、山口県山口市で、地質調査をするボーリング会社、「明星株式会社」を経営されておられました。年間にたくさんの事業をされておられました。沖村姉妹は会社の経理を、一切取り仕切っておられました。お二人の経営する会社は、たくさんの社員を多く使っておられ、経営は順調でした。 

  神殿宣教師になりたい 

 沖村兄弟がある日突然、沖村姉妹に、「自分たちは、二人で東京神殿の宣教師になります」と言い出したのです。沖村姉妹は、改宗して数年しか経っていませんでしたので、「この人は何を言っているのだろうか」と思ったそうです。沖村姉妹自身は改宗してから、もちろん五、六回、神殿に参入して神殿礼拝をし、エンダウメントは受けてはいましたが、沖村兄弟の突然の発表に、何を言っているのか、皆目検討がつきませんでした。沖村兄弟は会社経営の傍ら、毎月二日程、宇部から飛行機で東京神殿に通っていました。

 沖村姉妹は、初めは数ヶ月間かと思いましたが、一年半と聞いて愕然としました。「会社はどうするの? 誰が、会社を取り仕切るの? 今までのお客様はどうするの? 誰が、営業するの? 経理は誰が取り仕切るの? 実際の工事は、誰が監督するの? 工事の内容は? お客様に満足が与えられる工事ができるのだろうか。社員は、社長不在でやっていけるのか。高価な設備器具や道具、機械類や車は、誰が管理し、補修するのだろうか。そしてその支払いは、どうするのだろうか。その他の毎月の会社以外関係の集金や支払いは、誰がするのか。自宅の管理は、誰がするのだろうか」。沖村姉妹には、たくさんの質問がありました。 

  神様に奉仕したい

  沖村兄弟は、ただただ神殿宣教師になって、天の神様に心から奉仕をしたいとの一念で、思いを込めて、熱心に天の神様にお願いし、それはそれは心を込めて、一生懸命お祈りをしました。その結果、沖村姉妹に話したのです。

 お二人は、いろいろな心配を一つずつ考慮して、次のように決心したのです。「会社は社員に預けよう。給料は自分たちで計算して、自分たちで毎月払えばよい。営業も自分たちですればよい。仕事の内容も信頼できる工事を、今までして来たのだからできるはずだ。今までの訓練と経験があるので、社員たちも責任のある仕事が自分たちでやれるはずだ。税務処理は、公認会計事務所に頼めばよい。給料と税金と経費を取った会社の利益は、社員がボーナスとして分ければよい。もちろん、会社としての税金は、経理上からきちっと、国と県と市に納めるようにすれば、大丈夫だ」と確信したのです。沖村一夫兄弟と周子姉妹はお互いを説得し合い、了解し合ったのです。お二人は、互いに、その決定に賛成しました。

沖村姉妹の信仰の強さに驚かされます。お二人の給料は、神殿に奉仕している間は、頂かなかったのです。通常ならば、年間、多量の商売をしていて、何人もの社員がいるのに、社員を信頼し、神殿奉仕の旅に出るなどとは、なんとも大きな冒険でしょうか。主の言葉の中に、「手をすきにかけてから、後ろを見る者は、神の国にふさわしくないものである」(「ルカによる福音書」九章六二節)。その言葉のように、ただただ真っ直ぐに前を見て、神様を見て、神殿奉仕に進んで行ったのでした。