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日本の教会員

父なる神に捧ぐ-5

 

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掲載五部 

沖村周子姉妹の改宗への動機 

菊地 登志子

 沖村兄弟が、教会に戻る切っ掛けになったのは、自分の経営する株式会社明星のボーリングの仕事が順調に動いている時でした。聞くところによると、お年に似合わず、カラフルなスポーツカーを購入して乗り回していたそうです。遠くに仕事に出掛けた、その帰り道、睡魔に襲われ、ついに居眠り運転をしてしまい、その道で、交通事故を起こしてしまいました。そのまま意識を失い、朝、意識が回復して気がつくと、彼の車は道路淵の崖に宙摺りになっていました。沖村兄弟は何とかして、危険な状態にある車から、脱出することができました。それは危機一髪でした。一瞬、生と死の谷間を経験したのです。彼は車から、どうにか素早く出ることができました。彼が車から出るや否や、その新車のスポーツカーは、谷底に落ちてしまいました。

 その時、彼は、落ちていく車を眺めていると、確かな「御霊の声」を聞いたのです。「教会に戻りなさい」と、ハッキリした声でした。彼はその声に従って、教会に戻る決心をしました。沖村兄弟は、十八年振りに教会の門を叩いたのです。

 それから数年間、仕事の接待の費用として持っていく、大きな金額が早くなくなって行くのに、沖村姉妹は気がついていました。沖村兄弟は、什分の一と断食献金を納めていたのです。

 教会に通っている夫が、どんどん人柄が変わっていくことに、沖村姉妹も気がついていました。自分の妻を改宗したいとの願いから、自分の妻にもっと親切に優しくしようと決心したのです。ある日突然、沖村姉妹に、マッサージをしてあげようと言ったのです。沖村姉妹も、夫の申し出を快く受け入れました。これも三日坊主だろうと彼女は思っていました。それが何と、三年半も続いたのです。長く連れ添って来た彼女は、夫の心の変化に感激し、不思議にも思いました。「教会に出席すると、こんなにも変わるものなのだ」と思ったそうです。

 沖村兄弟は、妻に改宗して貰いたいとの願いから、一心に親切にしていたのですが、彼の行為は、何時の日か、彼の当たり前の神権者としての親切と愛情に変わっていました。三年半それが続いたのです。 

 しかし彼女が、最終的に教会に入ろうとした切っ掛けは、沖村一夫兄弟には、百歳と数ヶ月になるお母さんがおられました。一緒に住んでおられましたが、お年を取る度に、尊母のお体は十分に動かなくなりました。沖村姉妹は、お母さんより、本当の娘のように愛され信頼されておられました。沖村姉妹が、兄弟のお母さんの身の回りの世話をほとんどされておられたのです。兄弟は沖村姉妹を助けて、お母さんの身の回りのことすべて、すなわちお風呂に入れ、おトイレの世話まで、進んで助けられました。

 沖村周子姉妹は、自分の夫が身動きできない体の不自由な、お母様を抱いて、お風呂に入れ、体を洗って差し上げている夫、おしめを嫌がらずに取り替えている夫、自分の夫のそのような姿を見て、長く連れ添って来た夫のこのような変化に感動し、何度か涙を流されたと言っておられます。

 この人を、これまでに変える宗教は、何かを持っておられるに違いないと思って、自分も、ぜひ、研究してみようと決心されたのです。それから間もなく、沖村周子姉妹は改宗なさいました。