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メリディアン 日本語 |
日本の教会員 佐藤龍居兄弟のアメリカでの著述 1985年 4月21日 |
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佐藤龍猪兄弟の著述−7 聖霊の賜 (われらは、異言を語る力、予言する力、啓示、示現を受くる力、病を医す力、異言を釈く力等の賜あることを信ず)信仰箇条第7条 聖霊は御父と御子と共に一つの神会を成す神に在して、限りなく、終りなく、永遠なる御方であって、御父と御子は人間の有する肉体と同じく触知し得る肉体を有ち給うが、聖霊は骨肉の体を有ち給わぬ御方であり(教義と聖約第20章28節及第130章22節参照)その存在を「霊の力」と「霊の賜」によって人間共に知らせ給うのであります。 そしてその霊の賜すなわち聖霊の賜は、自己の病を医す信仰、人の病を医す信仰、奇跡を伴う業、予言をする力、霊をわきまえる力、すなわち善霊か悪霊かを区別する力、諸々の異言を語る力、諸々の異言を釈く力(教義と聖約第46章第19節、25節参照)まためくらの目をあけ、みみしいの耳を開き、おしの舌に言葉を出させ、毒を盛られても害を受けず、蛇の毒も害することのできぬ力であります。(教義と聖約第84章69節−72節参照) またモルモン経アルマ書第9章第20節から22節には「まことにニーファイの民は主から厚いめぐみを受けた民でほかのあらゆる国民、あらゆる血族、あらゆる国語の民、あらゆる人々よりもすぐれてめぐまれ、その願いと信仰の祈りとに応じてすべて過去現在未来のことを示され神の「みたま」を受けて感じ、直接に天使と語り、主の御声でお告げを受け、予言のみたまと啓示のみたまと、そのほか異なった言語を話す能力、説教する能力、聖霊を受ける能力、翻訳する能力などの多くの賜物を受け、主の御手によって神にエルサレムの地から導き出され、飢饉といろいろの病気から救われ、戦う時には亡びないように強くされ、いく度も奴れいの境涯から救い出されて今日まで保護されて富み栄えていろいろな財に富むようになった」とくわしく誌してあります。 新約聖書マルコによる福音書第15章17節 ‐18節には「信じる者にはこのようなしるしが伴なう、すなわち彼らはわたしの名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語り、へびをつかむであろう。また毒を飲んでも害を受けない、病人に手をおけばいやされる」と誌してあります。 ところで以上に誌してある「聖霊の賜」すなわち「みたまの賜」を身につけるにはどうしたらよいでしょうか。さきに書きました「啓示を受けよ」の中に予言者ジョセフ・スミスが「聖典をしらべよ。我々の公表する啓示を調べよ、そして御子イエス・キリストの御名によって、真実を明らかに示し給えと天の御父に願い求めよ。もしいささかの疑いもなく一心をこめて御父の栄えを仰ぎ見て願い求める時、御父は霊の力によって答え給うであろう」と言われたことが誌してあります。 また信仰の力すなわち霊の力を養うために第一に実行すべきは「霊能をつけるための修業の第一歩」である「知恵の言葉」であります。そして第二は「断食して祈る」ことであります。 神は霊の子どもである人間のため「規則に規則を加え、誡命に誡命を加え」(教義と聖約第98章第12節参照)、別の言葉で言えば「修業に修業を重ねて」霊の能力をしっかり身につけよ、と慈悲深い御言葉を与えておいでになります。それですから私たちは心から感謝して、その御言葉通りにはげむべきであると考える次第であります。 以上 Dated: 21 Apr 1985 by Tatsui Sato
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