メリディアン

日本語

 

 

日本の教会員

佐藤龍居兄弟のアメリカでの著述

1985年6月30日

 

戻る

 

イエス・キリストさまに就てもっと知りたいお方は「教義と聖約」を読んで下さい。

  結論から先に申しますと、教会の教えを守っている末日聖徒たちは皆自分たちの生活目標が「永遠の生命」すなわち次の世では自分たちの「霊の親さま」である「父なる神」の御もとへ帰ってその御国である「神の国」の中で生活することである、と信じています。「父なる神」が創世の前にお立てになった「救いの計画」に従いアダムが地球上へ「高い天界」から降りてきて、人類の祖先になったので、すべての人間の霊はこの世の物質から成る肉体を着け、「子孫をふやせ」という至上命令に従ってこの世で生活しなくてはならなくなりました。それで人間は此世で生きて行くために「物欲、食欲、性欲」の三つの欲から離れることができなくなりました。しかしこれらの欲は「高い霊界へ登ることを妨たげる罪」でありますから、このような根をもっている人類はそのままでは最高の天においでになる「父なる神」との「縁が切れて」とても「永遠の生命」を得ること、すなわち「救われること」が不可能で「死滅」するほかはないのであります。それですからこの「妨たげをする罪」を何とかして取り除かなくてはなりません。それで「父なる神」はさきに申しました「創世の前から立てた救いの計画」によって、「父なる神の長子にましますイエス・キリスト」をこの世に御送りになりました。

  そこで「御子イエス・キリスト」は古代から行なわれている「罪亡ぼしの儀式」すなわち「罪の代りになる物、又は者を神に捧げて罪を消していただく祭り」すなわち「贖罪の祭り」を行なうため、「神の子である御自分の身を捧げて」神の子でなければぜったいに不可能である「全人類の罪を亡ぼす儀式」を自から遂行なさったのであります。これによって「全人類はイエス・キリストによって父なる神のみもとへ帰って行く道を開いていただいたのであります。これによって、すなわち「イエス・キリストの贖い」あるいは「イエス・キリストの仲立ち」によって「一度神から離れた全人類は再び神のみもとへ帰ることができる」ことになりました。すなわち「このイエス・キリストの贖罪を信ずる者には永遠の生命を得る道が開かれた」のであります。

  「教義と聖約」第七十六章四十節−四十三節には「その時天より声ありてわれに証せる福音すなわち喜びの音づれとはかくの如し。それ、イエスは世に来りたもうて世のため十字架につけられ、世の罪を負い、世を聖くし、あらゆる不義を潔めたもう。これ、彼が御父より手の中にわたされて造りしあらゆるものを彼によりて救わんためなり。彼は御父の栄光を輝やかし、彼の手になるすべてのわざを救うなり」と誌してあります。

  また「教義と聖約」第七十六章六十二節、六十三節、六十八節には次のように誌してあります。「これらの者は神とキリストとの御前に、いつまでも限りなく住まわん。これらの者はイエスがこの世に於てその民を治めんために天の雲に乗りて来りたもう時、彼に連れられて共に来らん。これらの者は、神とキリストとがすべてを審きたもう者にて在す天にその名を誌さるる者なり。これらの者は、新しき誓約の仲保者にしてしかも自らの血を流してこの完き贖罪を為し遂げたるイエスによりて完く「せられたる義人たちなり」。

  「教義と聖約」の中に誌してあることは、イエス・キリストが人類の贖い主であるという信仰の基となっている知識であり「あかし」であります。まことに「教義と聖約」は預言者ジョセフ・スミスに与えられた「神の啓示の書」であって人類が「救われる」ために「何をしなくてはならないか」を明確に教えてある聖典であります。     by T.S.   30 Jun 1985