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日本の教会員

佐藤龍居兄弟のアメリカでの著述

1985年8月11

 

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誠実

イエス・キリストさまは誠実という徳に就て不朽のお言葉を賜わりました。「だれもふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは一方にしたしんで他方をうとんじるからである。あなたがたは神と富とに兼ね仕えることはできない。」(マタイによる福音書第624節) この教えの中心は「あれについたり、これについたり、ふたまたこうやくのような生活をする者は結局仕合わせになれない」、「誠実な人はまことの神と金(かね)の神とに兼ね仕えることはできない」ということであります。人はこれかあれかどちらかにきめることが第一です。

徳についても一つ一つの徳の価値に従って順序をつけた組織がなくてはなりません。すなわち或る徳をトップにおいて、次々にくる徳の価値をはかる「はかり」がなくてはなりません。この「はかり」にかけると、生活を幸福にするために欠くことのできない「どんな場合にも一つである誠実」の価値がはっきり出てきます。

 イエス・キリストさまは生涯一身を献げて誠実の手本をお示しになり、「父がわたしをおつかわしになったように、わたしもまたあなたがたをつかわす」と仰せになりました。(ヨハネによる福音書第2021節)

 次は誠実の徳について偉い人たちの言った言葉であります。これらの人は最高の徳を自分の生涯を捧げる目的にしましたから、幸福に生きる方法を身を以って示しています。最初はシェークスピアの言った有名な訓戒。

 「自己に対して誠実であれ。さらば夜に続いて朝の来るのが確かな如く、あなたは必ず誰をもあざむくことができない。」

 ヨブは誠実を次のように表現して言いました。「わたしは断じてあなたがたを正しいとは認めない。わたしは死ぬまで潔白を主張してやまない。」(ヨブ記第275節)

 次はアブラハム・リンカーンの言葉です。「わたしはきっと勝たないけれど、断じて誠実を守り抜く。わたしはきっと出世しないけれど、自分の光を守って生き通す。」

 私たちは神殿の儀式にあづかる度毎に「ひとすぢにまことの神を信ずるまごころ」が育って行きます。   ”Integrity”        by Tatsui Sato

1)      「個人の歴史は子孫たちが自分たちの先祖のもっていた美徳と個人的の特性をみならうことのできる家宝となる。」(ロイデン・G・デリク - 「王族の世襲財産」『エンサイン』 、19795月号、28

2)      「家族のきづなは永遠である。またそうでなくてはならない。」(ゼームス・E・ファウスト、1975年、サン・ポーロ地区大会 大会報告)

3)      「エライジャの来たのは死者の救いと、生きている者たちがその実現を助けるために神のお使いになる道具となって働らくべきことを教えるためであった。」(「エライジャの使命」『エンサイン』19755月号、15

4)      「一つの系図神の子たちに就きて保たる、これアダムの系譜なりき。」(モーセの書第68節)

5)      貴方が地上でつなぐことは天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう。」(マタイによる福音書第1619節)    

                      11Aug 85