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メリディアン 日本語 |
日本の教会員の証
聖徒の道1957年6月号より抜粋 |
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信仰と証詞 前橋支部 田中 健治 今私はこのペンを執りながら皆様に私の持っております喜びをお伝えできる幸いに胸がふるえております。私は文章を書く力が少ないので少しでもよく真実が書けるようにとお祈りしております。 四月二十八日午後一時,私はアンドラス伝道部長さん初め,四人の方の按手の下で,あとからあとから流れだす喜びの涙を止めることが出来ずにおりました。『田中兄弟,あなたの受けました苦しみはあなたの進歩のために与えられた大切な試練でありました。そして,あなたはそれによって清められたと存じます。』私は聖なるメルケゼデク神権を与えられました。もし私が正しい生活を常になし,謙遜に,熱心に神権の召に従って歩み,神様と人々を愛して働くなら神様はいつも私を通して働かれるのです。男子にとってこれ以上の光栄喜びはあるでしょうか。 私は教会を知る前から無理のため眼を悪くしておりました。それまでは仕事をしながら癒そうとしていましたが,会員になって後,強く御霊に注意され,病院に入りました。それから三年三ヶ月の入院生活は私にとって苦しい多くの問題がありました。しかし祈る時神様はいつも「信仰を深くして行きなさい。心配はありません」と励まして下さいました。弱い私が長い入院生活をいつも明るい病人として送れたのはそれに加えていつも見舞って下さった多くの兄弟姉妹の愛,また欠かすことなく続けて下さった長老達による家庭集会,待っている時聖典を良く読む機会を与えられたことなど枚挙にいとまがありません。 三つの箱は遠方の方々からの励ましと慰めの手紙で一杯になりました。療友やお友達に寝ながらでも神様のことをお伝え出来たのも幸いでした。火事の晩のことも忘れることは出来ません。「田中兄弟,無事でよかったですねぇ」と続々つめかけてくれた兄弟姉妹達は,他の患者さんの荷物を運んだり,手を引いたりまでもして感謝の的でした。一九五七年三月三十日片眼の視力を失っているとは云え,入院当時よりはるかに元気で,希望に満ち退院した私を人々は「どこも悪いとは思えない,元気ですね」と喜んでくれました。 弱い不完全な私に苦しい困難な問題はあったのですけれど,それは人を幸福にしてくれる誰もが経験するものだったのです。私は問題にぶつかった時,それが精神的なものであれ,物質的なものであれ、祈るとき『信仰を強くして行うように』と神様が聖霊によっていつもして下さったことをあかしいたします。そしてきっとその問題は解決されました。それのみか私を永遠の生命の方向に導き,喜びを与えて下さったことをよく知っております。神様の恵みは常に導きと励ましによって人を今日より明日と真の幸福に向かって足を運ばせて下さるものであり,パウロの申しましたように「聖徒にとっては,すべてのことが益である」とあかしいたします。 そして私は小さいものですけれども末日のイエスキリストの教会のために,力のかぎり働きたいと願っております。 アーメン 救われた証詞 東京北支部 中村 協子 迷える羊を命をかけて探す羊飼,これは主イエスキリストの在りし日の御姿でありますが現在も尚その役目を負うて居られます。私もかつては迷える羊でありました。永い間真暗な森を一人淋しく歩み続けた私をも主イエスキリストは決して見捨て給わず探し求めて下さったのです。 四月十四日は私にとって忘れる事の出来ない感謝の日でありました。私の歩み続けた森にはそれ以来まばゆい春光が七色に輝いてさし込みました。 救われた喜びの世界とは此の様に常に美しく平和であります事を目の辺りに見る事が出来まして人生の生れ変りの素晴しさをつくづく感じて居ります。 去年の八月の或る日ふとクック長老とアトキンソン長老の訪問を受けました。誠に小さな存在の私ではありますが神様は初めに宣教師をお遣し下さいまして豊な愛をもって救いの道に入れて下さいました事を深く感謝致しております。(五月七日) 光を与えたもの 小樽支部 石尾 つる 最初私の心の中に光を与えて下さった文章,それは故スミス大管長の「金で買えぬ貴い希望」でありました。神の御子,偉大なる救主イエスキリスト様の暖かい愛の御手により,またいつも変わらぬ長老たちのお力により,罪深かった,そして貧しい心の私が導かれましたことを声を大にして世の人々に知らせてあげたい。 過去において不幸であった私だけに一人で歩んで来た道はとても淋しいものでした。子供を大きく育てて,強く生きる喜びとしていました。けれども其の子供は昨年天に召され,モフイット,ピーマン長老二人の美しい心ずくしにより「石尾アルマ」と命名されました。 そして今年はまた恐ろしい病気にかかってベットに横わる身となり,色々と考えさせられました。 しかし振り返って見ますと,これはみな神よりの大きな試練であり,この世での一番大きな私の仕事であると思い,なお一層深く神に感謝しております。これからさきどんな事が起こってもただ神・・イエス様に委せ、この強い気持ちと信仰を心から失うことが出来ませんと証詞いたします。永遠の生命を得るために「狭き門,直き道」へはいることが出来るよう,愛情,忍耐,謙遜の心を最後まで持ち続けるようと希念し,不幸な人たちが一日も早く真の教会・・末日聖徒イエスキリスト教会を見出すように導く使命のあることを証し致します。 私は末日聖徒である 室蘭支部 鈴木正治 私たちは常に末日聖徒としての自覚を新たに致しましょう。そして心から私達末日聖徒の礼拝する神様に御祈りを捧げましょう。最後に私達の心から模範と仰ぐ、主イエスが、真にキリストであり、彼が再び私達末日聖徒の前に、その御姿を現し給う日の非常に近いと云うことを証詞したいです。 |