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日本の教会員の証

 

聖徒の道1957年12月号より抜粋

 

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信仰と証詞 

私の証詞

福岡支部  近 本 明 雄

この教会を知って一年余り,始めはキリスト教ういう未知の宗教に対する漠然とした興味からつどった。 

その間神の存在を,その教えをそしていろいろな事を知った。しかし,それは信仰ではなかった。

なぜならいろいろな教えを知ったのみで実行しなかったからである。そして、次に疑った。教えに背いた行為も敢てなした。 

しかし、それは私が信仰へと大きく歩を進める一段階だったのである。

疑いは宣教師の方々兄弟姉妹の方々の力強い証詞と導き,そして聖書によって晴れて来た。

背教行為は良心 聖霊の導きによって「いけなかった」と悟る事が出来,悔い改める事が出来た。 

「私達の信仰は頭の中だけで考えられたものであってはならない。実生活の中に浸透し,それによって生き,努力し,頼りとするものであり常に実行を伴っていなくてはならない」ということを知っている。 

永遠なる真理を現代の世界にいかに当てはめていくか,これこそ私が今後学びとらねばならない、そして実践していくべき事がらなのであると思う。 

親愛なる兄弟へ

ローガン第二ワード部  鈴 木 正 毅

ユタ州に来てから毎週毎日が多忙です。

今迄に約二十五ヶ所で歌いましたが,多々スピリットのある経験を致しました。その二つをお伝えし又証詞致したいと思います。 

その一つは六月十二日にローガン神殿に入り僕自身のエンダウメントを受けられた事です。

その折に開会の儀式の中で多くの兄弟姉妹を前にし又,神殿のプレシデントから強い握手を交わされつつ,主を賛美しつつ,又祈りつつ主の宮で歌う機会が与えられました。今迄に味わった事の無い喜びが心の叫びのごとくに,歌にとけこんで行く様な気でした。何と素晴らしいスピリットでしょう!全ての儀式の進行中常に御霊を感じる事が出来ました。 

“主の御霊は火のごと燃え”と言う賛美歌がありますが,悦びのために身も心も主の御霊で焼きつくされる想いでした。 

二番目には又素晴らしい経験を致しました。

六月二十三日にレウイストン市のステーキ部大会で歌う様にたのまれたのですが,その前日風邪をわずらい呼吸が少々苦しいでしたが無理して責任をはたすためにそこに行きました。教会の入口の所で伴奏者と話をしていますと一人のビショップの様な人が入って来て僕等の前を通り過ぎましたが,彼はすぐひき返して来て,大きな野球のグローブの様な手で僕に握手をしてくれました。そして彼は教会に入って行きましたが いざ僕の歌う番になって驚いたのは頭痛は無く,呼吸はいとも楽に又,自然な声質でスピリットを感じつつ歌い得ました。 

ビショップの様な人の握手,強い固いあの握手が僕のやまいをいやした事を知っています。その人こそ,十二使徒会補助,そして又ソートレーク神殿のプレシデントで あるエルレイ L  クリスチャンセン兄弟でありました。 

大会が終るとすぐに又彼は僕の所に来て握手をしてくれ,親しく話をかわしてくれました。 

その夜家へ帰り眠床に入る前の祈りのさなかに,最大の悦びと奇蹟的出来事に感謝と喜悦とで泣いてしまいました。実に神はいき給い,導き給う事を一層知り得たのです。

ユタ州ローガン市にて